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遅発性統合失調症

|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ①はじめに

遅発パラフレニー①

こんにちは。

ばむじーんです。

実はこれまでこのブログできちんとお話ししてこなかった部分について、シリーズ化してお伝えしようと思いました。

私が夫と結婚したほぼ同時期に夫の母(以下、義母とします)が統合失調症を発症しました。

ですから、そんな義母と向き合って間もなく20年になります。

始めて医師に統合失調症と診断された時、義母は50代前半でした。

医師からは、「50代という比較的年齢の高い時期の発症は珍しいケース」とだけ告げられました。

今から20年前はスマホではなくガラケーの時代です。パソコンもノートパソコンは高額すぎて手が出ず、ブラウン管テレビのようなモニターのパソコンを使っていました。

知りたいことを調べるのには、まだ辞書を本棚に置き、本屋さんで手あたり次第書籍を購入したりしないと情報が得にくい状態でした。

さらには、今でこそ心の病をオープンにできるような環境になってきていますが、20年前はものすごく軽蔑されるような時代です。

ましてや、50代でおかしくなったとなれば「若くしてボケた」と言われるだけ。

だから、周囲に相談をしたことはありませんでした。

義母の病名を知り、当時は本屋さんで書籍を購入したりして自分なりに理解を深めようとしましたが、大概ケース例として掲載されているのは、10代から20代の患者を持つ家族ばかり。

生活そのものが全く違うので、参考にもなりませんでした。

何年も何年も腑に落ちず、症状が落ち着いてきたここ最近になって、たまたま見つけたyoutube動画を見て「あ!義母と同じだ!!」と思える瞬間に出会えました。

しかし残念ながら、違法アップロードに分類する動画なのでここにリンクを貼ることはできません。

とあるニュース番組の特集がアップされている動画です。

その動画の概要欄に「遅発性統合失調症」という言葉がありました。その言葉からネットで探していくと論文ばかりしか出てこなくて、医学的には「遅発パラフレニー」というらしいとした理解はできました。

私自身は「遅発性統合失調症」という言葉で腑に落ちたので、この言葉を使っていこうと思いました。

でも、同じような経験をしている人のブログや情報がほとんど見つからず、恐らくですが50代や60代に発症してしまうと認知症として診断されてしまっているのではないかと考えています。

ある程度の年齢になってから、聞こえないはずの声が聞こえると騒ぎ、見えないはずのものが見えると言われたら「ボケた」と疑ってしまうのは自然な流れだし、いくら論文が出ているとはいえ、医師によって診断内容も変わりますよね。

傷や腫瘍のような視覚的に判断できる症状が無いので、素人目線からみても診断は難しいだろうなと思います。

これまで何度も伝えようと思ってきました

私は「嫁」なので、義母とは血のつながりはありません。

だから、義母のおかしな言動から「早く精神科へ連れていかなきゃ」と客観的に感じることができました。

でも、夫や義父は認めたくないんですよね。妻や母がおかしくなって精神科へ連れていくなんてとんでもないって思っている。

だから、精神科受診以外の方法だけを必死に考えるんですよ。

一筋縄ではいきませんでしたが、何とか精神科へ義母を連れていって診断を受けて、症状に合う薬を処方して頂くことができて今に至ります。

この経緯についても、少しずつお伝えしていきたいと思います。

youtubeで義母と同じような症状例を見るまでは、同じようなケースで悩む人たちを知る由もなかったので本当に苦しかったです。

だから、私達と同じように悩んでいるご家族はもっといるはずだと考えて、これまで何度かinstagramの別なアカウントやnoteを使って発信を試みましたが、過去を振り返るほどつらくて手が止まり、先へ進めなくなりました。

それで何回も挫折しています。

もしかしたらコロナ禍で急増するかも

コロナ禍で若い人たちが心を痛め病んでいくケースが増えているのだから、きっと年齢層の高い人たちも精神的に病んでしまうケースが増えているはずだと考えるようになりました。

この遅発性統合失調症を発症するケースは、中高年の女性で社会的に孤立した人に多く見られると言われています。

義母はまさにそうで、義父の両親を何年も自宅で介護してきた人。

でも、もともとコミュニケーションに難ありの人のようで、義父の両親が元気な時も対人トラブルは絶えずあったみたいなので、この病気になるもともとの要因をもしかしたら持っていたのかもしれません。

「ちょっと変わった人」という周囲のイメージはあったようです。

また、子宮筋腫が大きくなり子宮を全摘していて、体調の変化も影響しているかもしれません。

そんなこんながすべて一区切りしたのが、夫と私が結婚する直前です。

介護していた義父の両親が亡くなり、自宅介護から解放されたのです。

先に数年前に義父の父は他界していて、夫と私が結納した直後に義父の母が他界しました。

介護から解放されても、家の外で他人とコミュニケーションをとることはほとんどなく、唯一お付き合いのあった近所のおばあちゃん方も立て続けに亡くなり、義父は昼間は会社員として働き、夜や休日はボランティア活動でほぼ家にいなかったので、「社会的に孤立している」という部分はぴったり当てはまります。

お酒も飲めないし、喫煙歴もありません。

現在、コロナの影響で中高年の方々は家からでなくなったケースが増えているのではないでしょうか。

カラオケサークルとかフラダンス教室とか、実力の向上とは別に、仲間に会えることが生きがいになっているような趣味が絶たれてしまった方々も多いと思います。

実際、義父もボランティア活動をたくさんしてきましたが、すべて活動が休止になり義母と家で二人きりで過ごしていることがほとんどなので、あっという間に老け込んでいきました。

元気な人も元気がなくなるくらいなのだから、同じような病気を患う人も増えてもおかしくないと思っています。

できるだけ早く精神科へ

1人1人症状が違うので一概には言えませんが、せん妄状態が治療もせずに続くと突発的な行動を起こして自分自身や他人を傷つけてしまうこともあり、事件や事故へつながる危険性もあります。

厄介なのは、せん妄状態で見ている世界と現実の世界を行き来するので、家族側は病院へ連れていくことを躊躇してしまうくらい振り回されることです。

どういうわけか調子が良くて正常に感じる時間が長く続くこともあり、家族側は精神科に連れていこうとしたことを申し訳なく思う瞬間すらあります。

でも、世界が急展開する時はいつも突然です。急に強い風が吹いてきた瞬間とか、赤い色を見た瞬間とか、五感で感じた些細なことが生きている世界を変えます。

本当に家族は振り回されて人生が狂います。

義母の病気があったから、敷地内同居を始めたし単身赴任生活にもなりました。

寝たきりの方の介護をしているわけではないので、トイレやお風呂のお世話をすることはありません。

でも、おかしな言動で振り回されることで精神的な負担はかなりのものです。子どもも巻き込まれたので、普通の家の子育てとはちょっと違いました。

この病気は「良くはなるけど治ることはない」と言われています。

確かに義母は現在は幻覚や幻聴はなくなり、普通の生活を送れているように見えます。でも、もともとの要因があっての症状なのか、遅発性統合失調症の後期的な症状なのかわかりませんが「あれ?」と思うこともたくさんあって、完全な一人暮らしは少し困難なのではないかと思っています。

それを見越しての敷地内同居です。

義父が元気な状態で一緒に過ごしているから安定しているという面も多々あります。

もしかしたら、同じようなことに悩んでこのブログにたどり着いた方がいらっしゃるかもしれません。

でも、今のあなたに言えることはただ一つ。

「精神科を受診するように本人を説得して、一刻も早く一緒に病院へ行ってあげて下さい」だけです。

おそらく簡単に病院へ行ってくれません。

何せ「自分は正常だ。周りが私が置かれている状況を理解してくれないだけ」と思っていますので。

私も説得するにあたり、暴言を吐かれたりして大変でした。

往診をしてくれる精神科病院があるかどうかはわかりませんが、一般的なルールでは、家族がどんなに様子が変だと病院に相談しても、なんとかして本人を病院へ連れてきてもわらないと診察もできないから、適切な薬も出せないと言われます。

また、最近よく聞く「措置入院」も遅発性統合失調症の場合は難しいのです。条例に基づいて様々な手続きを踏まなくてはいけないので簡単な話ではありません。

コロナの影響で病院へ行くこと自体が難しいこともある時代ではありますが、民間療法やスピリチュアル的な方法では良くなりません。

本人が一番つらいとは思いますが、長期戦になるこの病気は家族の人生も狂わせてしまうほどです。

私が遅発性統合失調症のことを書く理由

義母と向き合って約20年。

本当にいろいろなことがあったし、思い出すとつらくなります。また、今後は統合失調症ではなく認知症へ移行していくのではないかと思うと不安です。

これまで「無理して書かなくてもいいのでは?」と自問自答して、書いては挫折を繰り返してきました。

でも、やっぱり形にして残そうと思った出来事がありました。

義母はせん妄状態にあったこととか統合失調症になってしまったことすら記憶にありません。今は自分は正常だと思っています。

だから、ちょっと前に義父がいる前で義母に一番症状が酷かった時の話をしたら、義母は私が嘘をついていると言って怒り始めました。嘘じゃないことは義父が知っているはずなのに、「昔のことは忘れた」と言って義母の味方になってしまいました。

夫が味方になってはくれましたが、両親の事もかばいどっちともつかずのような態度をとったので、私が悪者になってしまいました。

私なんて、戸籍上では家族ですが夫と義父母とは他人です。

そんな他人が、義父母のために必死にやってきたのがあほらしくなりました。

それで何事もなかったように、もっと高齢になって介護が必要になったら私に面倒を見てもらおうと思っているところがどうしても納得できません。

だから、これまでの過去のことをこうして残すことで、自分自身の気持ちを整理していきつつも、ブログネタとして発信してやろうと思いました。

でも、過去を思い出すと辛くてかなりのパワーを使うので、マイペースに不定期発信です。

あれこれいろんな事を綴っていけるのは、雑記ブログの良いところですね。

 

それでは、今日はこのへんで。

以上 ばむじーんでした。