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遅発性統合失調症

|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ②異変

こんにちは。

ばむじーんです。

遅発性統合失調症の義母と向き合って、約20年になります。

前回書いた記事はこちらからも読めます👇

遅発パラフレニー①
|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ①はじめにこんにちは。 ばむじーんです。 実はこれまでこのブログできちんとお話ししてこなかった部分について、シリーズ化してお伝えしよう...

今回は義母の異変について書こうと思います。

「悪口を言われている」がはじめ

日中、義母は毎日一人で家にいました。

もともとおしゃれに興味もないし、車の免許も持っていない。

いつも義父がそばにいないと外に出かけない感じ。

私の母はその逆で、運転をしていた頃はどこにでも1人で車に乗って出かけてしまうし、ハンドルを握らなくなってからは、バスや電車を乗り継いで出かけてしまう人。

何十年も前の話だけれども美容部員をやっていたので、歳をとっても腰が曲がっても、化粧はかかさず、すっぴんを人に見せるのをとても嫌がる人。

だから、正反対の人が嫁ぎ先の母と言われて、初めて会った時からびっくりしっぱなしだった。

他人とのコミュニケーションの取り方もそう。

実母は、今でこそコロナで家にいるが興味があるところにはどこにでも行くので、その先で出会ったいろいろなジャンルのお友達がいる。

反対に義母は、近隣のおばちゃんやおばあちゃんたちとしかほとんど付き合いがない。

たまに昔のママ友が訪ねてくることもあったが、家の中へ入れようとしない。

多分、「入ってお茶でも飲んでいったら?」という声掛けをしてみようかなという気がないんでしょうね。

バスや電車に1人で乗って遠くへ出かけることもない。

かならず義父が一緒。

ちょっと変わっている。

当時、夫と私は義父母の家から高速で2時間走ったくらいの場所でアパート暮らし。義母が昼間何をしているかなんて知る由もなかった。

だから、いつの日からか「私は近所の人に悪口を言われている」と言い始まった時も、コミュニケーションが苦手な義母が、何か余計なことを言ってしまいトラブルになったのだと思った。

大したことないと思っていたら、そのうち離れて住む私のところへ「また悪口を言われている」と電話がかかってくるようになってきた。

「どんな悪口を言われているの?」と聞くと、あるときは「わからない」と答えるし、あるときは「お前はバカだ」と言われたとも答える。

さらに、週末義母を連れて義父が2時間かけてうちによく来るようになった。

義父「かあちゃんがいじめられているって言って悩んでるから、話を聞いてやってくれ」

というのだが、何かされたのかとたずねても、

「されてはいないけれど、こっち見てみんなバカにして笑っている」

という時もあった。

当時は、夫と私は「本当にいじめられている」と思ったので、

「日中は、俺はいないからわからない」と逃げる義父の態度が気に入らなかった。

テレビの向こうの人間が攻撃してくる

しばらくして今度は、

「テレビの電波を使って、うちの人間を日本から追放しようとしている」

などと義母が言うようになった。

私はてっきり、当時放送していたお昼の情報番組の見過ぎではないかと思ったほど。

1日中テレビをつけっぱなしで、しかも耳が遠くなってかなり大きなボリュームにしていたみたい。

また、みのもんたさんが出ていた番組で放送された情報は絶対だ!みたいな感じの人だった。

こだわりみたいなものはすごく強い人。

私の知人で、「ノストラダムスの大予言」を信じ込むあまりにおかしくなってしまった人がいるので、何か番組でそんな特集でもしたのかなと始めは思っていた。

でも、「あ!やばいやつかも」と私が思ったのは、私の伯父の話をしてきたことだった。

「あなたの伯父さんまで、私達を潰せだの出ていけだの言うのよ。あれはほんとにきつかった。」

私の伯父は、とある小さな町の議員などをしていたもので、町おこしのニュースなどにたまに出ていたりした人。

そんな伯父が、テレビで名指しで潰せだの出ていけだの言うはずがない。

伯父は確かにニュースに出ていたが、義母が見ていたであろう世界ではそのニュース画面が違って見えたことになる。

この話を、義父や夫のいる前で必死に話している義母。本人は本気で、

「あなたの親せきはひどすぎる。でも息子の嫁の親せきだから、我慢しなくちゃいけないと思って言えなかった」

と泣き始まった。

ライブカメラの映像がテレビに映ると、「早く消して!狙われている!!」と騒ぐようにもなった。

「色を付けられた」と騒ぐ

「いじめられている」「テレビで攻撃してくる」が続いて、こんどは「自分に色が付いた」と訴えてきた。

テレビに映った人間が、義母に向かって「お前は今から赤色だ」と言ったらしい。

近所の人や宅配便の人、家の前を通り過ぎていく人がみんな義母を見て「お前は赤だ」と言ってきていると。

またある時は、宅急便の人に「今から緑に変更だ」とも言われたという。

「兄貴の乗る緑の車が家の周りをよく車で走っていて、我が家を偵察している」と言ったこともあった。

たまに「黄色」と言われたこともあったが、メインは赤と緑でずっと不思議だった。

「赤」は義母が好きな色。以前は、毛糸の帽子からスエットまで全身赤い服を着ることもあった。

また、義父が車を買い替える時は「赤い色にして」とお願いしている。

「緑」は遺産相続でトラブルになって、絶縁になった義母の兄弟が若い頃に乗っていた車の色らしい

「黄」も好きな色。小銭入れを黄色にしていることもある。

そして、これら3色の洋服も多くあるし今もよく着ている。

不思議で仕方がない

比較的若い精神疾患を持っているのであろう女性を、昔パートをしていた飲食店で接客したことがある。

ずっと見えない誰かと話していた。

でも、メニューを見てちゃんと注文してお会計していく。

テーブルに「お待たせしました」と注文した商品を持っていけば、黙々と食べながらも、見えない誰かに向かって指差して怒っていた。

時々立ち上がって、顔のそばまで近づいて怒鳴っていた。(多分顔を見ているのだろうなという想像です)

この女性の様子を見る随分も前に、義母がおかしくなった様子を見てきたからさほど驚きはしなかったけれど、私達には「見えない、聞こえない」のに、この病気を患った人にはしっかり見えていて、聞こえている。

脳のいたずらだと思うが、大変だけどこれが不思議で仕方がない。

しかも全部が全部妄想の世界ではなくて、現実の世界や過去の事実も混ざっているので、家族もすぐ病気かもとは考えにくいと思う。

義母の場合はいい気分では決してなかったが、私の伯父の話をしたのでおかしいと確信できたことに関して言えば、運が良かったのかもしれない。

そしてまた、私自身が独身時代に保健福祉に関わる仕事をしていたのでピンときたのもある。

さらに振り返ってみて良かったと思うのが、近所に迷惑をかけなかったこと。

例えば、冒頭でお伝えした私の母のように老いてもアクティブな人だったら、もしかしたら家の外へ飛び出して何かしたかもしれない。

「家から出るな」と義父が行ったことをきちんと守っていたことも、トラブルがなかった原因の一つだったと思う。

とはいえ、すぐに病院へ行ってはいません。

結局病院へ行くまでに2年くらいかかっています。

 

続きはまた次回。

遅発パラフレニー③
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