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遅発性統合失調症

|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ③変な夫婦

こんにちは。

ばむじーんです。

遅発性統合失調症の義母と向き合って、約20年になります。

前回書いた記事はこちらからも読めます👇

遅発パラフレニー②
|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ②異変こんにちは。 ばむじーんです。 遅発性統合失調症の義母と向き合って、約20年になります。 前回書いた記事はこちらからも...

今回は、初孫誕生までの話を書こうと思います

兄の前では異常なし

兄には感謝しかしない

「私はいじめられている」という話も、義母は当時独身だった義兄へも仕事中に電話をしてきては訴えていたようだ。

仕事の合間を見て、義兄ははるばる電車で帰省しては義母の話し相手になっていた。(うちの夫は次男です)

ところが、

「お義母さん、おかしな事言わない?」

と義兄に聞いてみても義兄は特に変だと思わず、本当に近所の人からいじめを受けていると思っていた。

さらに、違法な電波がどうとか色を付けれれたとか、私達からしたら不思議な妄想としか思えないようなことを、なぜか義兄には一切言っていないことがわかった。

そして、夫や私には義兄がわざわざ遠いところからマメに帰省しては私の話を聞いてくれたり、気晴らしにドライブへ連れていってくれるからありがたいと言ってくる。

義兄と私の夫に話す内容を変えるような態度をするということはどういうことなのか?

私達は義母から陰湿な嫌がらせをされているのかとすら思った。

初孫の存在

初孫は必ず男の子を産んでほしい

そんな中、私は初めての妊娠をしたところに実母が交通事故に遭い生死をさまよう状態になってしまったりして、かなり精神的にも参ってしまっていた。

それでも、そんなのはお構いなしに義母の精神状態の波は激しく、義父も参っているのか毎週末のように夫と私の住むアパートへやってきては

「お母ちゃんの話を聞いてやってくれ」

と言って私達を巻き込んだ。

私はあえて実母の状態を説明して、義父母には「大変な時に迷惑かけている」ということを自覚してほしかったのに「大変だね」とか心配をしてくれるような言葉は無し。

さらに義母は義父や夫がいない時を狙って私に、「男の子を産んでくれ」とよく言うようになった。

お腹が大きくなってくると、私のお腹の前で「男の子が生まれますように」と言いながら手を合わせるようにまでなった。

「男の子が生まれないと近所の人達に笑われるし、私自身が女の子が欲しかったのに男しか生まれなかったから、あなたに女の子は生んでほしくない」

とまで言ってきたのだ。

もうこう言われた時点で女の子だということは分かっていたので、あえて前もって性別を伝えるようなことはしなかったが、初めての妊娠で出産前にこんなことを言われてしまい、悩まないはずはない。

病室に来た義父母を夫が一喝

私の実母はその後奇跡的な回復を見せ、車いす生活になると言われていたはずなのに歩けるようにまでなった。

そして、なんとか無事に娘を出産し産婦人科へ入院中の事。

初孫を見にやってきた義父母が、病室のドアを開けてズカズカやってきた姿を見て、一緒にいた夫が

「そんなきったねー姿で来るんじゃねー。ここ病院だぞ」

と一喝した。

見ると、義父はそれなりの身なりだったが義母が酷い。

髪はぼさぼさで顔も真っ黒。手も爪に土が入ったまま汚れていて、よれよれのTシャツにジャージ。

足元はボロボロのスニーカーでかかとを潰して履いてきていた。

一喝されて慌てて入口の消毒液を手に付けて戻ってきた。

聞けば、義母は庭で土いじりをしたまま手を洗わず着替えもせずに義父の車に乗ってきたらしい。

義父はそんな義母に着替えたらと言ったらしいが、頑なに拒んだそう。

それでそのまま連れてきた。

義母は身なりにまで気が回らなくなっていた。

さらに小さな娘の姿を確認した後、義父や夫もいる前で私に

「二人目は、必ず男の子を産んでくださいね」

と言ってきた。

これを聞いて夫がさらに怒り、義父母を追い返すような形で病室から出してしまった。

ちょっと割高だったが、入院する部屋を個室契約にしてよかったなと思う。相部屋でこんなことが起きていたら、同室の方にご迷惑をおかけするところだった。

里帰り先にも来たのはいいが

実母の状態もずいぶんよくなったので、しばらく私は実家へ生まれた我が子と共に里帰りをしていた。

そんなときも義父母が実家へお邪魔したいと連絡があったので、夫を通して身なりをきちんとしてくるようにと伝えてもらった。

相変わらず手は汚なかったが、服だけはちゃんとしてきた。

しかし、なぜか手土産がカツオ丸ごと一匹。

捌いて持って来てくれず、私の母に

「丸ごと一匹珍しいでしょ?自分でさばいてみな」

と言ってきた。

母は、まだまだ通院のリハビリが必要だという話はしていたはずなのに、自分でさばいてみろと言ってくること自体何を考えているのかと思った。

「今はとても捌ける力は無い」というと、じゃあ私が捌くからと言って実家の台所を血だらけにして捌き始めた。

魚を台所で捌くのはいいが、台ふきんで勝手に血のついた手を拭いてしまったり、カツオの血がそこら中に飛び散っていることに関しては、一切お構いなし。

私の両親はこういうのが生理的に大嫌いで、捌いた後のカツオも汚らしく見えてしまいほとんど手を付けなかった。

義父は、「うちの母ちゃんは、カツオを裁くのが得意だから」と言いながら、きゅうりの漬物を生後1カ月もしない我が子になめさせて離さない。

やめてくれと言ってもお構いなし。

キュウリの代わりにミルクを与えてもらおうとしたら、哺乳瓶の乳首に義父は口をつけて飲んでしまった。

「あちゅいかもしれないから、おじいちゃんがのんでみまちたよー」

だそうだ。

夫も止められず、私の父はあきれて黙り席を外した。

私の母は、私に目配せをして「我慢しろ」とサインをしてきた。

義父母が帰り、私は布団をかぶって泣いた。

おむつは交換しないのに、授乳中はいたずらをする

新婚生活も、子供が生まれた3人での生活も思い描いたような過ごし方ができなかった。

相変わらず毎週のようにアパートへ義父母はやってきた。

しかもアポなし。

アパートの一階に住んでいて、ベランダは柵もない縁側のような住まいだったので、いきなり来ては玄関の呼び鈴を鳴らさず、ベランダ側から窓をたたいて靴を脱いで上がってきた。

先約があると言っても、「母ちゃんが弱っているんだからそんな約束は断れ」と義父は言ってきたり、娘のおむつが汚れて臭いがしている場合は義父母はそろって嫌な顔をして、

「臭いから早く取り換えて。私達はミルクをあげるだけでいいから」

と言ってきたり散々だった。

また、ミルクと母乳の混合だった時期にアパートへやってきたときは、母乳を与えるために別室へ私と娘が移動したところにいきなり義母がドアを開けてやってきて、なぜか母乳を飲んでいる娘の邪魔をしてきた。

一生懸命吸い付いて飲んでいるほっぺを何度もつついたり、わき腹を「こちょこちょこちょー」と言いながらくすぐってきたり。

これでは子供が泣くのは当たり前。

それをみて、「うぇーい、泣いた泣いた」と喜んで部屋を出る。

気違いでしかないと私は思ったし、もう週末が来るのが苦痛で仕方なかった。

夫は「ごめんな」としか言わないし、義父は徐々に義母をアパートに置き去りにして、数時間プラプラと出かけてしまうことも多くなった。

夫と義父が揃って出かけてしまい、娘と私と義母の三人だけになった時は最悪だ。

義母は、小さな娘が隣で泣いているのに抱き上げようともしないしあやそうともしない。

急に妄想のスイッチが入って、「毎日、いろんな色を付けられたり悪口を言われたりして困っている」と、私が娘を抱きあげたりミルクを作ろうとしているのも汲み取らず話し続けた。

どっちもどっちだから、精神科への道は遠く

私の両親から見たら、義父母は「どっちも変わり者」でしかない。

もちろん私から見てもそう。

でも、夫から見たら義母は明らかにおかしいと思う症状も見られるけれども、義父も義父だから、「昔から父ちゃんも母ちゃんもこんなもん」とも思えてしまう。

義兄も同じ。

さらに義兄は義母の様子をおかしいとすら感じていないので、精神科へ連れていった方がいいという考えを全否定した。

それに、わけのわからないことを訴えてきたとしても、毎週末私達の住むアパートに来ることがルーティンとなって、義母の状態がこれ以上ひどくなることがしばらくなかったので、この時点では山は越えたのかもしれないとも思え、まだまだ精神科へ連れていこうとはしていないのです。

 

続きは次回。

遅発パラフレニー④
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