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遅発性統合失調症

|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ⑦連日の電話、週末の訪問

こんにちは。

ばむじーんです。

遅発性統合失調症の義母と向き合って、20年になります。

前回のブログはこちらからも読めます。

遅発パラフレニー⑥
|ブログ|遅発性(高齢者)統合失調症【遅発パラフレニー】の家族をもって ⑥願掛けとマウントこんにちは。 ばむじーんです。 遅発性統合失調症の義母と向き合って、20年になります。 前回のブログはこちらからも読め...

 

何とか無事に下の子を出産した。

2人目も女の子だと知り、義母はおめでとうもなく

「3人目は産まないでしょう?」

と言ってきた。

産むか産まないかなんてあんたに決められたくないし、そんなのわからないと返すしかなかった。

だいたいまだ1か月検診も終わっていないのに。

実母も疲れて思考がおかしくなってきた

上の子の時もそうだったが、夫と住むアパートがある地域の産婦人科で出産した後、ふにゃふにゃの子供をチャイルドシートに乗せて里帰りをする方法をとっていた私。

今回も同様だった。

さらに、上の子はすでに実家で面倒を見てもらっているので、妹として家族の仲間入りをした次女にも早く会わせたかった。

実家につくと、

「あ!」と言って上の子が玄関に走ってきた。

でも、私に抱かれている妹を見て、

「これ、なあに?」

と言ってきた。「これ」扱いされた妹(笑)

でもすぐに、ほっぺたつんつんだの顔をくっつけてみるだのして気になる存在になった。

特に赤ちゃん返りもなし。よかった。

ただ、私の両親がかなり甘やかしてしまいおやつを与えすぎてしまったので、目が細くなるくらい顔がパンパンになっていたのが気になったけど。

バナナにヤクルトにマクドナルドのポテト・・・

こんなの毎日家にいるだけで食べさせたら、太るにきまってる。

しかも、マクドナルドのポテトはバスに乗ってちょっと長い距離を歩いたからご褒美的な感じで食べさせていたそうで、バスに乗ってお出かけしたら、マクドナルドのポテトが食べられるということがわかっているものだから、バスから降りると、

「ばあちゃん。いも食べて休憩しよう」と自ら言うようになったそう。

アパート暮らしに戻ったら、バスに乗らなくてもすぐのところにマクドナルドがあるから、しばらく駄々こねるかな?

実母は、免許証は持っていたけれど事故を起こしてからはほとんど運転をしなかったので、銀行に行く用事などもかねて孫とバスに乗って用足しをしていた。それを散歩と言っていた。

ところが母も事故に遭い、脳挫傷を経験しているので身体的な疲れも重なると思考回路がおかしなことになる。

上の子の面倒も見ながら、娘(私)のために、台所に立ってご飯を作らなくてはならないと思ってくれるのはありがたいが、なぜか連日三食すべてそうめんだった。

「あのー。作ってもらって言うのは恐縮ですが・・・・なぜ毎回そうめんなの?」

と聞くと、実母の中ではその自覚がなかった。

「あれ?そうだっけ?」

・・・・こりゃダメだ。2人の子を連れて早くアパートに帰ろう。

一応母乳を与えている身。夫に協力してもらって何とかするしかない。

でも、早く帰ると言ったら母が、

「床上げと言われる日まで居てもらわないと。世間体があるから」

と言ってきた。

思考回路がおかしくなっているのに、実母もまた世間体世間体ってこだわる。

母の言う床上げは出産後21日目。むかーしながらの考え方。

連日そうめんは、里帰りをしてまだ数日。

長い。長すぎる。

私が代わりに台所に立とうとすると、半狂乱みたいになって「産後の体を馬鹿にすんな」と怒る。

休日に合わせて子供の様子を見に来る夫に、食べたいと思うものをまとめて買ってきてもらったりして凌いだが、実家でここまで気を使う方が体に毒だと思って、強制的に産後2週間程度でアパートに戻ってきた。

アパートに戻ってから

長女は毎日全身泥だらけ

覚悟はしていたけれど、手狭なアパートの部屋だけで遊ぶのは長女も退屈。

「お外で遊びたい」と何度もせがまれた。

まだ下の子も1か月検診が終わっていないので、日中私一人で公園に2人を連れ出すことはできなかったから縁側のようなベランダを大いに活用した。

長女には窓を開けて、見える範囲でお砂遊びを堪能してもらうことにした。

お水と言われればバケツに水を汲んで渡し、汚れても汚したことに対しては怒らないようにした。

ところが、「女の子なのに」とか「男の子なのに」という言い方は今はタブーだが、遊び方が男の子みたいに頭からつま先まで泥まみれになるような激しい砂遊びだったので、縁側みたいなベランダでパンツ一丁にして、抱きかかえてお風呂に連れていく毎日だった。

次女は、そんな姉が全身泥まみれになっているときに限ってぐずって泣き出す。

でも、泣き止ませるより長女が先。

構ってもらえなくて泣き方が激しくなっても、長女が先。

シャワーで泥を落としてしまいたい。

「ごめんねー」と次女に駆け付けた時は、泣き疲れて寝てしまっていたこともあった。

平日は義母が1日に何度も電話をかけてくる

こんな毎日をすごし、さらには1か月検診で次女の聴覚に異常があるかもしれないと言われて大病院で再検査などもあり、かなりドタバタした。

※結局次女は両耳が先天性の難聴であることがわかりました。このことも以前ブログに書いています。

うちの子は難聴
我が子が難聴だとわかるまで8年かかった理由こんにちは! ばむじーんです。 私の子供のうち1人が、両耳が先天性の混合性難聴です。 両耳の補聴器も持っています(やっ...

そんなことはお構いなしの義母。

アパートに戻ってきたと思ったら、平日はうちに電話をかけてきては「色を付けられた。もう死にたい」と言い続ける日が続いた。

1日1回ではなくて何度もかけてくる。

でも、義父が仕事から帰ってきた時間帯はかけてこないし、NHKの朝の連続テレビ小説が終わる8:15以降の着信。

こういう計画性もあるから、精神科に連れていくまでのことではないのかな?と何度も思ったし、ただの嫁いじめでしかないのでは?とも思うようになった。

こっちが死にたいくらい忙しいとは言えず

「お義父さんにも電話して言ってみたら」と伝えて早く電話を切ろうとしたが、

「父ちゃんは何回かけても電話に出ない(そりゃそうだよね。仕事中だし現場で作業しているし)」

とか

「父ちゃんから、〇〇〇ちゃん(私の名前)に電話したら相談に乗ってくれるって言われたから」と言ってくることもあった。

義父も逃げたな。こっちのことも考えてよ。

そして毎晩夫へ電話の内容を報告。

夫から義父へ状況を報告してもらい、こっちも大変なんだから電話をあまりかけてきてほしくないし、早く精神科へ連れて行ってほしいと言ってもらったが、

「母ちゃんが〇〇〇ちゃんに電話をかけたくてかけてんだから、別にいいじゃないか」

「週末また母ちゃんとそっち行くからな」

で進展なし。

週末はほぼ毎週2人でやってくる

私も産後すぐに動いたことが祟ったか、このころはよく熱を出すようになった。

手荒れも頭痛もひどくて、体全体の潤いもなくなった。

「嫁の体調が悪い」といえば、義父母は来ないだろうと思ったら大間違い。

「寝てな。こっちで勝手にやってっから」って言って義父がお構いなしで義母とやってくる週末。

こんな狭いアパートで寝てなと言われて休めるわけがない。

上の子だって起きていてほしいと思ってちょこちょこ部屋に入ってくるし、下の子が腹が減ったおむつが汚れたと泣いたところで世話をするのは全部夫。

義母はそれをただただ見つめて手伝おうとしない。

結局、夫に全部任せて横になるなんてできなくて、熱があろうが頭痛があろうが私が起きるしかない。

夫もごめんごめんと言いながらも、自分の両親にも優しくしなくちゃいけないと思っている人だから、寝てなとは言ってくれない。

そんな姿を見ても、義父母は悪びれる様子もない。

ある時は私と義母と下の子を残して、義父と夫が上の子を連れて出かけてしまったこともあった。

出かけた理由は、夫が子供時代にお世話になった人が、イベントがあって私たちの住む地へきているから。

私にとってはそんな理由は理由じゃない。世話になった人だってどんなに偉いか知らないが所詮他人。

自分の孫、自分の子をお世話になった人に見せたいよりも、義母の様子がおかしいことにもっと目を向けてほしい。

そうやって義理だの世間体だのを気にして、一番今解決しなくちゃいけないことから目を背けている日々を過ごしているから、どんどん事態が悪化する。

夫と義父がいなくなったら、私に義母は「色を付けられた、死にたい死にたい」の連呼。

そして時たま、義兄が帰省してドライブに気晴らしに連れて行ってくれるんだとか、台所の汚れをきれいにしてくれたとか言って自慢話をはじめたり。

下の子がおむつが汚れて臭っていて早く取り換えてほしいと目の前で泣いているのに、ずっと現実の世界と向こうの世界をごちゃまぜにした中の出来事をしゃべっていて、孫が泣いていることに対して気に掛ける様子もなかった。

臭うし汚れたおしりを義母に見せたくないから、見えない部屋まで連れて行っておむつを取り替えたいのに、

「泣いているから早くおむつ取り替えな」のような気にする言葉一つかけることなくしゃべり続けるから、途中で、

「ごめん。子供が今泣いていて、おむつを取り替えたいから」と話を切ったら黙っただけだった。

夫と義父と上の子がニコニコしながら帰ってきたから、私は夫を睨みつけてその日は口もきかなかった。

そろそろ私が勝手に動こうかな

そんな日々の中、下の子も首が座りお座りができるようになり・・・とずいぶん私も動きやすくなった。

平日の昼間は、義母からの電話を避けるように子供を連れて外にいる時間が増えた。

アパートの敷地で遊ぶだけだと、電話の着信音に気づき居ても立っても居られなくなるので、育児サークルを掛け持ちしたり、バーゲンセールにもベビーカーなしで2人の子供を連れて参戦したり、あえて家にいない時間を増やした。

お友達が増えると、お互いの家を行き来してお茶を飲みながら子供たちを遊ばせることもあったが、そんなときもお構いなしにかかってくる義母からの電話。

(ちなみに当時私はガラケーを持っていたが、携帯電話への電話のかけ方を義母が知らなかったので外出しているときは電話が鳴らずに助かった)

「ごめん。今来客中だから後にしてくれる」と言っても、邪魔してはいけないというような気づかいはやはりできなくて、

「ごめん。今来客中だから後にしてくれる?」という言葉に対して、

「毎日毎日家の周りをうろついている車がいる。どうしよう。」という流れになり、会話もかみ合わない状況。

ママ友には電話を切った後、「姑が話好きでなかなか電話を切らない」ということにしてあるが、よく家に来ているママ友からは、「また?大変だね」と言われるくらいの回数。

同じアパートに住んでいる家族も、子供が同年代の家庭ばかりだったので、

「毎週、おじいちゃんとおばあちゃんが遊びに来るよね?旦那さんの方の親でしょう?大変じゃない?」

とあれこれ聞かれるようにもなった。

独身時代の経験を活かして

夫と義父が行動に移すまで待っていたら、もう私たち4人の家族もめちゃくちゃになるなと感じ、私は誰にも相談せずに行動しようと決めた。

実は独身時代、税金がお給料になっている職種だった私。

その時に担当していた仕事が福祉に関すること全般。

ただ精神疾患のある人は別な機関が窓口になるので、この部分の仕事は携わってはいなかったが、保健師さんと合同で仕事をするような機会があり、精神障害を持つ方々とかかわる経験はしたことがあった。

また、精神疾患も持っている高齢者施設に入所している方の調査なども行っていたので、精神科のケアワーカーさんとお話しする機会もあったし、実際病棟へ入って面接をしたこともあったので、精神科の相談窓口へ問い合わせることに抵抗はなかった。

(でも私は福祉にかかわる資格は一切ありません。この仕事を任されたのは19歳の時です。高校卒業してすぐにこの担当。ありえない職場環境の中での仕事でした)

思わぬ壁

世間体を気にする義父母だから、自宅から通院しやすい地元の精神科のある病院へは絶対行かない。

それなら、私たちのアパートのある地域で病院を探そうと考えた。

毎週義父はこちらへ連れてくるスタミナがあるのだから、通院もできるでしょう。

地域の端から端まで精神科のある病院を片っ端から電話して、ケアワーカーさんへ電話をつないでもらうか専用の相談室へつないでもらうかをしてもらい、現状を話した。

でも、

「本人が通院することを納得されなければ、うちは診察できない」

「本人との面接なしで、あなたの話すことだけで状況を判断することはできない」

などことごとく話もまともに聞いてもらえずに終わった。

やはり、本人が病院へ行こうと思わないことには何も進まない。

しかも、電話をかけてくるのが「嫁」であったので余計に取り合ってもらえなかったというのもある。

血縁関係の人が相談するならまだ少し話を聞いてあげられるけど、お嫁さんでは・・・みたいな病院もあった。

精神疾患が明らかにあっても、はっきり言ってしまえば大きく警察沙汰にならないような状況なら、本人の意思で病院へ来てもらわないといけないのが日本のルール。

異変に気付いた家族が「警察沙汰になっては近所にもご迷惑がかかるから」と言って、必死に異常さをひた隠しにするとか、何とかして病院へ連れて行こうとするが、そんなことばかりしていて家族が限界を迎えてしまい、逆に心身が壊れてしまうケースもたくさんある。

また、認知症で行方不明になってしまった家族が、警察のお世話になって保護されたとしても、医療施設に即入院できるわけではないので、「体は元気で頭の回路だけがおかしくなった」という方々の対応は本当に難しいし大変だ。

そして義母の場合はまだこの時50代前半。私たちが結婚した時はちょうど50歳くらいだったから若さもあって異常が見られないときもあり、余計に本人も自分がおかしいとは思うはずがない。

困ったなと思いながらもいくつもの病院へ電話をかけ続けていたら、とある病院のケアワーカーさんだけ、

「できるだけ細かく状況を話してもらえますか?こちら側ができることとできないことがありますが、お話を聞いてから今後についてのことをご提案させていただきたいので」

と言ってくれたので、私は息子の嫁だけれどもというところから始まり、細かく状況を説明していった。

 

続きはまた今度。

遅発パラフレニー⑧
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