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遅発性統合失調症

|ブログ|遅発性統合失調症の家族をもって【遅発パラフレニー】⑫追い込まれた私たち

こんにちは。

ばむじーんです。

遅発性統合失調症の義母と向き合って、20年になります。

前回のブログはこちらからも読めます。

遅発パラフレニー 11
|ブログ|遅発性統合失調症の家族をもって【遅発パラフレニー】⑪強いこだわりと暴言暴力こんにちは。 ばーんです。 遅発性統合失調症の義母と向き合って、20年になります。 前回のブログはこちらからも読めます...

落ち着いた後の生きがいという名の攻撃

とりあえず、義母には内緒で毎日一回、義父がみそ汁や緑茶に抗精神薬を混ぜて飲ませることだけをひたすら行い2年くらいたった。

年に一度、医師から「次回は本人を連れてきてください」という指示があったときは、義父はあえて秋から冬口のシーズンを選び、インフルエンザの予防接種の予約して義母を病院へ連れていくことにしている。

でも、何で精神科に行ってまでわざわざ予防接種をしなくてはいけないのかと、義母は義父に切れて本気のパンチを数発お見舞いし、家の壁や家電を蹴るなどをして暴れるまでがセット。

でも義父に依存して生きているから、義父に見放されたような態度を取られるのがものすごく不安で、義母は結局怒りながらも言うことを聞いて病院へ行く。

あいかわらずほぼ毎週、アパートへやってくる

「毎週毎週、旦那さんのご両親がきて嫌にならない??」

そうアパートが一緒の方々からも言われるくらいの頻度で、相変わらず週末は義父母が我が家へやってきた。

「嫌に決まってるじゃない!」

と愚痴っても、途中でうちの義父母はよそのうちと違うことが余計に明るみに出て、「大変だねー」しか相手が言えなくなる始末。

義母が精神病であることは隠して話すので、余計に不思議がられる。

私がいろいろな愚痴を奥様方に話すことで、奥様方は「私が嫁姑問題で悩んでいることなんて、大したことない」と思って元気になるくらい、うちは変な家庭に見えたようだ。

義父母の生きがいは私たちをどんどん追い込んでいく

薬のおかげもあってなのか、このころからはずいぶん落ち着いたし表情も豊かになってきた。

ほぼ毎週我が家にやってくることを、義母が今でいうルーティン化したことでさらに安定していった。

「毎週孫に会いに行くことが私の生きがい」

と義母が言うから、義父もそれで安定しているのだからいいだろうと連れてくるが、夫と子供二人の4人で水入らずの時間を過ごすことが減ってイライラも増えた。

たまに義父の都合が悪くて週末に我が家に来ないということがわかると、私は家にいたくなくて、子供たちの着替えやおむつを車にたんまり詰め込んで、あてもなく4人で出かけることをよく希望した。

料理もやりたくないし、ファミレスでもどこでもいいから昼も夜も外食したいと騒いだ。

テーマパークへ行ったり体験施設へ行くことも臨んだが、夫は近くの大型スーパーをプラプラしたり、軽く公園で遊ぶことにしようと話を流した。

「どこかへお金をかけて出かけることだけが、家族水入らずで過ごす形ではない」

という夫の態度に、ものすごくイライラした。

あんたの両親のせいでこんな風になっているのに。

子供たちだって、毎週じいちゃんとばあちゃんが来ていろいろ買ってくれるけど、本当に欲しいものはおねだりしても買ってくれないし、本当にお出かけしたいと子供たちが思っているところは、義母がパニックになるのでみんなではいけない。

結局は、義父母の欲求を満たすために家族全員が振り回されていて、それに反抗することなく過ごしているだけ。

私だけでなんとかしてやる

夫に希望したところで不満だけが大きくなるので、夫が勤務の都合上宿泊があるような日に、私が子供二人を連れていろんなところへ遊びに行った。

夫の稼ぎで遊びに行っているが、そこをもし夫が嫌味1つ言ってきたら、私はこれまでにない怒りをぶちかまして家を出ていこうと思っての行動。

結局、「私が子供二人を連れてどこかへ行く」というスタイルは家を建てて単身赴任生活になったこともあり、子供たちが巣立つまで続いたこと。

水遊びができる公園では、頭から足先まで泥んこになろうが水浸しになろうが、着替えがあるからどーぞどーぞと存分に制限なしで楽しませた。

夫がいたらすぐ風邪ひくとか、ちょっとの時間だけ遊ばせて「ハイ終わりー」になるだろう。

動物園に連れて行って動物と触れ合ったり、釣り堀で魚釣りを経験させたりもした。

陶芸教室に連れて行って作った作品は、今でも自宅に保管してある。

当時よく付き合いのあったママ友は、夫が出張でいない日は実家に子連れ帰省して、実親に甘えるのだという人が多かったが、私の実家は甘えさせてくれるような金銭的余裕がなく、逆に顔出したら金を貸してくれと言ってくるくらいなので、ほとんど帰らなかった。

夫にはどこへ行ってきたとか報告をするが、「え?俺も行ったことないところなのに3人で行っちゃったの?」と言ってきたときは、

「行きたいって言ったのに、拒否ったのはあんたでしょ?」

と言えば、夫は即K.O

上の子が幼稚園に入園してから

長女が幼稚園に入園すると、平日に遊びに行くようなことがしづらくなった。

幼稚園が大好きな長女なので、具合が悪くて幼稚園を休ませるのも大変だった程。

さらに義父母は、具合が悪い子供がいてもお構いなしに「生きがいだ」と言ってやってくる。

熱があっても動けるならちょっとくらい出かけてもいいだろうと言って、連れ出そうともしたことがある。

「病院にこれから行かなきゃいけない」と、朝早く向こうから出発する前に電話をしても

「いいよいいよ。顔見たいから、病院終わったら家に行くから近くのお店とか見て待ってるから」

ということもあった。

でも、幼稚園行事には一切参加しようとしない。

お遊戯会とか運動会とか週末にある幼稚園行事は、一切拒否。

子供が見に来てほしいとお願いしても拒否された。

義父母ともにじっとしているのが苦手で、さらに義母は慣れない場所に行く上に知らない人たちに囲まれるような状況をものすごく嫌った。

拘束されているような感覚になるような場所はとにかく嫌がる義母。

貧乏ゆすりに脂汗、異常なのどの渇きが出てしまうし、体がとにかく左右に動き始めてしまう。

※今思うと、この症状はアカシジアというものだったのかもしれません。ソワソワしているということも医師に相談したこともありましたが、アカシジアについての説明はありません。この症状は現在も続いています。

精神病があることを知らない親族が法事で集まったときも、お経をお坊さんが読んでいる間ですらじっとできない状態で、孫たちに注意をされるほどだった。

さらに平日は、義母が急に誰かと話したくなっても話し相手がいないので、うちに電話をかけてきて気が済むまで話そうとする。

馬鹿みたいに真面目に傾聴したことで詐欺にあわずに済んだことも

上の子が幼稚園に行っている間は、次女の遊び相手をしたり2人が1人になってもそれなりに忙しい。

義母はそんなのまったくお構いなし。下の子のぐずり声が聞こえているはずなのに、気にする様子もなくしゃべり続ける。

電話に出たところで大した用事じゃないと思って、居留守を使ったりしたこともあったが、オレオレ詐欺に引っ掛かりそうになっていたことをこの電話で防いだこともあった。

義母のピンチを救うたび、どんどん私を頼ってくるようになって将来が不安になってきた

義母の子は夫と夫の兄の二人。女の子はいないので、私が嫁に来たことで面倒な義母の相手はほとんど私になった。

例えば義母の話し相手もそう。

今までは仕事中でもお構いなしに義母は義父に電話をかけていて、都合がつけば1分でも義父は話し相手になっていたようだったが、

「何か話したいことがあったら、俺に電話かけてきて出ない時は〇〇ちゃん(私)に電話したらいいよ」

と勝手に言ったみたいで、私が家の電話に出ない時は出るまで何度も着信があることも多くなった。

「お義父さんに電話すればいいのに」

と言ったら、

「お父ちゃんが、俺が電話に出ない時はあなたに電話しろっていうから」

と言ってかけ続けていたことがわかった。

この時住んでいたアパートは、いずれ夫の異動で引っ越すことになる。

県外転勤の可能性もあるが、義父母が住んでいる地域への転勤の可能性も高い。

そう考えたとき、行動力のある義父が元気である以上県外だろうがどこだろうが、毎週末義父母が二人で住まいにやってくることは容易に想像できた。

ましてや、義父母が住んでいる地域へ移動となったときは週末だけやってくるでは済まされない。

社宅になるであろうアパートが、義父母がよく買い物に行くスーパーの目の前だから。

これでは平日だろうが昼だろうが夜だろうが、お構いなしに突然ピンポンとインターホンを鳴らすはず。

そう考えたらものすごく将来が不安になったし、社宅の人たちにもいろいろ根掘り葉掘り聞かれるのも嫌だなと思った。

身内とはいえ、住んでいない人間がしょっちゅう出入りしているといろいろ目立つもの。

そんな話を夫にしたら、夫も同じような不安を感じていたようだった。

この時から、マイホームのことについて真剣に考えるようになります・・・

 

今回はここまで